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七夕祭りの豆知識
だれしも幼いころから親しんできた七夕のいわれや歴史、素朴な疑問などを、
興味深いエピソードとともに紹介します。
七夕伝説
七夕伝説 photo 夏の夜空に銀河(天の川)をはさんで輝く2つの星。そのひとつが、中国の伝説では織女(しょくじょ)星(織姫星)となる。織女は天帝の娘で、もともとは機織の上手な働き者の娘だった。かたや銀河をはさんで相対する明るい星が、織女の婿になる牽牛(けんぎゅう)星(彦星)。織女と同じくもまた働き者であったため天帝は二人の結婚を認め、これらの2つの星は夫婦となった。仲むつまじかった2人だったが、やがて織女は機を織らなくなり、牽牛は牛を追わなくなった。このため、天帝は怒り、2人を銀河を隔てて引き離した。しかし年に一度、7月7日の七夕の日だけは一緒になることが許された。この2つの星をめぐる伝説は日本でもよく知られているが、周代に成立した中国最古の詩篇『詩経』が「織女」と「牽牛」の名が出てくる最初のものである。そして2000年ほど前には七夕伝説の原型はできていたというからずいぶん古い話だ。古代の人々も我々と同じ夏の夜空を見上げていたかと思うと楽しい。
七夕の由来
七夕の由来 photo 牽牛星・織女星の伝説はやがて、機織りに励んだ織女にちなんで、唐の時代(1300年くらい前)に「機織り」「針仕事」「歌舞音曲」「詩歌文字」といった技芸の上達を星に祈る「乞巧奠(きこうでん)」という行事を生み出す。ほどなく日本へも伝わった乞巧奠(七夕)は、奈良から平安時代に宮中の行事としてとりおこなわれるようになった。一方、『古事記』には、水辺で神の衣を織り、天から神が降り立つのを待つ棚機女(たなばたつめ)という巫女の伝説が記されている。もともと“しちせき”として伝わった「七夕」を“たなばた”と呼ぶのも棚機女からきているわけである。時代が下り、泰平の江戸の世になると、七夕の行事は民間にも広がる。笹竹に短冊をかざる現在のスタイルもこのころ定着したようだ。ちなみにこれは、笹は祖先の霊が宿る依代(よりしろ)が起源だともいう。
七夕の星空
七夕の星空 photo 織女星(織姫星)がこと座の1等星ベガ、牽牛星(彦星)がわし座の1等星アルタイルであることは、理科の時間などで一度は耳にしたにちがいない。ベガとアルタイルに、天の川の中に輝くはくちょう座のデネブを加えた1等星のトライアングルが、有名な“夏の大三角”。だが、7月7日といえば、まだ日本の大部分は梅雨のさなか。そして雨雲が晴れたとしても、主役である2つの星はまだ東の空のかなり低い位置にある。それもそのはず、本来の七夕は旧暦の7月7日(今年は8月11日)。新暦(太陽暦)と旧暦(太陰暦)では1カ月以上の差があることも珍しくないのだ。ちなみに太陰暦では、7月7日は必ず上弦の月となるので、その形から七夕の月を、織女と牽牛が乗る船に見立てることもあった。昔の人々のイマジネーションの豊かさに感嘆してしまう。
七夕飾り
七夕飾り photo 願いを込めた短冊を吊るした笹竹を見れば、ひと目で七夕飾りだ、とわかる。しかし、こうした習俗は、江戸時代から始まった比較的新しいもので、しかも日本独自である。かつての七夕行事は地方色豊かで、芸の上達を祈って線香をともすところもあれば、藁で七夕馬をつくって屋根に上げて、豊作を祖霊に祈ったところなど、さまざまな風習が伝わっていた。 ところで、繁華街を彩る七夕飾りは、仙台の七夕に倣ったものが多いが、ここの飾りは、商売繁盛、無病息災などさまざまな願いを込めた「七つ道具」(紙衣、千羽鶴 、短冊 、投網、屑籠、巾着、吹き流し)といわれる小物をすべて盛り込むのが特長。
さて、各地の七夕で目につくのが、その時々の話題の人物・キャラクターをとり入れた七夕飾り。昨年はアテネオリンピックにちなんだものが多かったようだが、今年は日本中でどんな飾りが作られるのだろうか。
戦後七夕が盛んになった理由
戦後七夕が盛んになった理由 photo 主な七夕まつりはほとんどが50年ほどの歴史しか持たないといったら、驚かれるだろうか。今回紹介したものでも、明治以前から行われていたのは仙台と高岡、山口のみ。今ある七夕まつりは、戦災で破壊された中心市街地が本格的に復興してきた1950年半ばから、商店街を中心として始まったものがほとんどなのである。また、ほぼ同時期に「昭和の大合併」と呼ばれた地方自治体の合併が盛んに行われ、新しい市のシンボルとなるまつりやイベントが求められていたという事情もあった。宗教色が薄く、女性的なイメージの強い七夕は、平和と復興を基調にしたイベントにぴたりとはまったのである。商店街にとっても、旧来のまつりとは違い、事前の飾り付け準備はかかるものの、まつりそのものは人手がかからず買物客相手の商売ができるとあって、ありがたかった。そうした理由から、日本中ほとんどの商店街で、何らかの七夕まつりをやっていた時期があったほどである。
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