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| ▼【明 治】元年(1868)〜45年(1912)(時刻表前史) |
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(太陽暦6.9)品川―横浜(現桜木町)間鉄道仮開業(5.5.7(太陽暦6.12))に先立ち、工部省鉄道寮が駅構内などに「鉄道列車出発時刻及賃金表」を掲出〈時刻表のはじめ、非売品〉 |
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(太陽暦10.14)新橋(のち汐留)―横浜間の開業式挙行 |
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新橋―横浜間の各駅で、鉄道貨物運輸賃銭表と列車時刻表を販売(記録のみ)〈市販時刻表のはじめ〉 |
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7.2 発刊されたばかりの「官報」に、初めて「日本鉄道上野熊谷間汽車時刻表」を掲載(7.28開業) |
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東海道線(新橋―神戸)全通 直通1往復 下り20時間5分運転 |
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日本鉄道上野―青森間全通 直通1往復 下り26時間25分運転 |
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東京の庚寅新誌社「汽車汽船旅行案内」10月号(四六判)(192×128ミリ、94ページ、6銭)創刊。この後毎月刊行〈本格的な月刊時刻表のはじめ〉 |
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山陽鉄道神戸―馬関(現下関)間全通 直通最急行 12時間35分運転 |
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東京の博文館より「鉄道汽船旅行案内」(菊判)(214×150ミリ)(44.6月号で200ページ、10銭)創刊 |
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ジャパン・ツーリスト・ビューロー設立。外国人訪日客の誘致・斡旋が目的。〈JTBの創業記念日〉 |
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新橋―下関間に初の特急列車 下り所要25時間8分 |
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| ▼【大 正】元年(1912)〜15年(1926) |
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東京駅開業 |
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庚寅、博文、交益の3社合併し、旅行案内社設立、「公認汽車汽船旅行案内」(四六判、10銭)創刊。表紙のデザインから「三本松の旅行案内」と親しまれる |
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鉄道省運輸局編纂「列車時刻表」発行開始(業務用) |
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丸ノ内の鉄道協会において「日本旅行文化協会」発会 |
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日本旅行文化協会、月刊雑誌「旅」創刊(菊判、40銭) |
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日本旅行文化協会から鉄道省運輸局編纂「汽車時間表 附汽船自動車発着表」4月号を翻刻発売(201×227ミリ、231ページ、50銭)〈「JTB時刻表」創刊号〉 |
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「汽車時間表」新書判(185×110ミリ))に縮小し、値下げ(339ページ、30銭) |
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日本旅行文化協会を「日本旅行協会」に改称 |
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| ▼【昭 和】元年(1926)〜20年(1945) |
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35銭に値上げ |
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第三種郵便物認可 |
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公募により特急に〔富士〕、〔桜〕と命名〈列車愛称名のはじまり〉 |
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メートル法施行で哩程を粁程に改める |
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超特急〔燕〕(東京―神戸)運転開始(下り9時間運転) |
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「汽車時間表」25銭に値下げ(昭6.4月号では35銭) |
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「汽車時間表」拡大(創刊号判型と縦横逆)(227×208ミリ)) |
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社団法人ジャパン・ツーリスト・ビューローと日本旅行協会が合併、「社団法人ジャパン・ツーリスト・ビューロー(日本旅行協会)」となり、「旅」「汽車時間表」継承 |
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丹那トンネル開通、東海道本線は熱海経由に |
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「汽車時間表 附汽船自動車航空路発着表」を「時間表」に改題。菊判(210×150ミリ)に縮小、25銭を30銭に改訂 |
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「社団法人ジャパン・ツーリスト・ビューロー(日本旅行協会)」を「社団法人東亜旅行社」に改称 |
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24時間制実施(10.11)に伴い、11月号から24時間表記に変更。「時間表」を「時刻表」に改題 |
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関門トンネル旅客列車運転開始(前記11月号に収録) |
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社団法人東亜旅行社を財団法人に改組 |
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財団法人東亜旅行社、財団法人国際観光協会を合併し「財団法人東亜交通公社」に改称 |
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19年中のA5判全国版は5回(1〜5号)のみ発行 |
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1枚ものの時刻表を発行(通巻236号。但し237号とすべきだったか) |
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財団法人東亜交通公社を「財団法人日本交通公社」に改称。「時刻表 1号」発行(通巻238号、A5判224ページ、1円)、20年中の全国版はこれ1回のみ |
| 以下、次号につづく |