子どもの頃、学校帰りに駅に立ち寄り出て行く列車を見送るのが好きだった。列車が通過した後のレールに耳を当て、いつまでも続くカタンカタンという音を聞くのが好きだった。
しかし、郡山で育ち、夏冬の休みは母の実家のある銚子で過ごして育った私は、そこに鉄道があり、さまざまな列車が走る環境をある意味当たり前に思える環境で暮らしたせいか、鉄道の何が好きなのか、なぜ好きなのかということをわざわざ考えることもなく今日を迎えてしまったように思える。
今になって思えば、この本の企画もそういった漫然とした思いの中で、インターネットにあまたある鉄道系ホームページを広く紹介すればいいという、ひどく簡単な気持ちから提出したように思える。
ところが、本書の執筆のために多くの鉄道ファンに出会い話を聞くうち、好きなものを好きだと認識し、表現するための作業に伴う苦痛や喜びとが、人に出会うごとに伝わってきたのだった。
恥の上塗りを覚悟でいえば、話を聞けば聞くほど分からない単語や感覚にも遭遇した。知は野にありを地でいく豊富な知識や奥の深い考察に出会うたびに、当初この企画を簡単に終わらせようとしていた私は、自分の底の浅さを恥じた。そして焦った。
鉄道好きの仲間たちの想いをしっかり見据えて書かねば失礼にあたると、遅まきながらも心新たに、鉄道の魅力について調べ直し、再考し、自分なりに再構築してみた。
付け焼き刃ではあったが、こういった作業を繰り返したことで、鉄道ファンの世界を少しでも読者にお伝えできる本になれたのではないかと思えることがせめてもの救いである。
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